人間工学椅子の「調整機能」を正しく使うために知っておきたいこと
人間工学(エルゴノミクス)に基づいて設計された椅子には、座面の高さ、背もたれの角度、アームレストの位置など、複数の調整機能が搭載されていることが多い。
これは、人の体格や座り方の癖が一人ひとり異なるという前提に立った設計思想に基づいている。
エルゴノミクスとは、人間の動作や身体的特徴から、無理のない動きで使用できるような道具やシステムを設計するための学問であり、ミスや身体への負担を減らし、快適性や生産性の向上を目指すものである。
オフィスチェアの歴史を振り返ると、かつては「一つの形状で全員に対応する」という考え方が主流であった。
しかし、デスクワークの長時間化が進むにつれて、身体的な不調を訴えるワーカーが増加し、個々の体格差に対応できる調整機構の重要性が認識されるようになった。
現在では、座る人自身が椅子を自分の身体に合わせて調整するという考え方が、エルゴノミクスの基本として定着している。
こうした背景から、人間工学椅子には「体格・作業内容・環境・好みにあわせて調節やカスタマイズが行える」ことが求められるようになった。
なぜ調整機能を「正しく使う」ことが重要なのか

高機能なオフィスチェアを導入しても、調整機能を適切に設定しなければ、その効果は十分に発揮されない傾向がある。
実際のオフィス環境では、購入時の初期設定のまま使い続けているケースが少なくない。
これは、調整方法が分からない、あるいは調整の必要性を感じていないことが主な要因とされている。
椅子の調整が不適切な場合、身体の一部に過度な負荷が集中しやすくなる。
たとえば、座面が高すぎると太ももの裏側が圧迫され、血行不良の原因になることがある。
逆に低すぎると膝が鋭角に曲がり、腰椎への負担が増す可能性がある。
座位では立位に比べて椎間板への内圧が約1.4倍に増加するとされており、不適切な座り方ではさらにこの値が上昇する。
調整機能は単なる付加価値ではなく、椅子が本来の機能を果たすための必須要素であるといえる。
主要な調整機能と実務での設定ポイント
座面の高さ調整

座面の高さは、もっとも基本的かつ影響の大きい調整項目である。
一般的な目安として、足の裏が床に自然に接地し、膝の角度がおおむね90度前後になる高さが推奨されている。
一般社団法人日本オフィス家具協会(JOIFA)では、適切な座面高の目安を「身長×0.25cm」としている。
たとえば身長170cmの方であれば約42.5cmが目安となる。
実際のオフィスでは、デスクの高さが固定されていることが多い。
そのため、椅子の座面高さをデスクに合わせると足が床に届かないというケースが発生する。
このような場合にはフットレストの併用が有効な対策となる。
座面の高さを適切に調整することは、太ももを水平に近い状態に保ち、下半身の血行を妨げないために欠かせない工程である。
なお、座面高さの調整にはガスシリンダー式のレバー操作が一般的であり、レバーを引いた状態で体重をかけると座面が下がり、体重を浮かせると上がる仕組みになっている。
操作方法を知らずにレバーに触れない人も少なくないため、導入時に操作方法を周知しておくことが望ましい。
座面の奥行き(スライド)調整

座面の奥行き調整は、見落とされがちな機能の一つである。
背もたれに背中をつけた状態で、座面の前端と膝裏の間に指2〜3本分の隙間ができる程度が適切とされている。
この隙間がないと、膝裏が座面の前端に圧迫され、下肢の血流に影響を与える可能性がある。
座面の奥行き調整機能は上位モデルに限られることが多いが、フリーアドレス制のオフィスなど多様な体格の人が使う環境では、この機能の有無が快適性を大きく左右する。
背もたれの角度とランバーサポート

背もたれの角度は、作業内容に応じて変えるのが理想的である。
集中してタイピングを行う場合はやや起こし気味に、資料を読む場合は少し倒し気味にするなど、状況に応じた調整が望ましい。
ランバーサポートは、腰椎の自然な前弯(ぜんわん)カーブを支える役割を担っており、腰の最もくびれた部分に当たるように位置を調整するのが基本とされている。
ランバーサポートに腰を当てるように座ることで自然に骨盤が立ち、背骨本来のS字カーブを維持しやすくなる。
近年では、着座時の姿勢に応じて自動的にポジションが調節される独立式ランバーサポートを搭載したモデルも登場している。
背もたれを後ろに傾けると、背中の重みがしっかりと背もたれに預けられ、身体に力が入らないリラックスした状態を作りやすい。
人間の頭部は体重の約10%にあたる4〜6kgの重さがあるとされており、頭部が身体の真上にある状態ほど、体全体で効率的にその重さを支えることができる。
前傾姿勢ではこのバランスが崩れ、首や肩の筋肉に余計な負荷がかかりやすくなる。
アームレストの高さ・幅調整

アームレストは、肩や首への負担を軽減する目的で設計されている。
肘を自然に置いた状態で、肩が上がらず、かつ腕が下がりすぎない高さが適切とされる。
高すぎると肩がすくんでしまい、首や肩まわりの筋肉に緊張が生じやすい。
幅の調整が可能なモデルでは、キーボード操作時に自然な腕の開き具合になるよう設定すると、肩への負荷が軽減される傾向がある。
長時間のデスクワークにおいて、可動式のアームレストは疲労軽減やリラックス効果に寄与するとされている。
調整における注意点
調整機能に関して、よくある誤解の一つに「一度正しく設定すれば、あとは変える必要がない」というものがある。
実際には、体調や作業内容の変化に応じて微調整を加えることが、エルゴノミクスの観点からは推奨されている。
同じ姿勢を長時間維持すること自体が身体への負荷になるため、適度な姿勢の変化を促す意味でも、調整機能を日常的に活用する意識が重要である。
また、「すべての調整項目を最大限に動かすのが良い」という考え方も適切ではない。調整はあくまで自分の身体に合わせるためのものであり、可動範囲の端まで動かすことが正解とは限らない。
自分にとって楽な位置を見つけることが目的である。
なお、正しい座り方の基本として、座面の奥まで深く腰掛け、骨盤上部をしっかり背もたれにつけ、踵を床につけた状態で太ももを水平に保つことが推奨されている。
人間工学に基づいたオフィスチェアの調整について、より詳しい情報や製品ごとの具体的な調整方法については、人間工学椅子の専門メーカーであるAerlix(https://www.aerlix.jp/)のサイトなども参考になる場合がある。
まとめ

人間工学椅子の調整機能は、椅子の性能を引き出すための重要な要素である。
しかし、その効果を実感するためには、各機能の意味を理解した上で、自分の身体と作業環境に合わせた設定を行う必要がある。
座面高さの目安となる計算式や、ランバーサポートの正しい位置、アームレストの適切な高さなど、具体的な指標を参照しながら調整を進めることが有効である。
多機能なモデルほど調整項目も多くなるため、まずは座面高さとランバーサポートの2点から始め、徐々に他の項目にも目を向けていくのが現実的なアプローチといえる。
「買っただけ」で終わらせず、日常的に調整を見直す姿勢が、長時間のデスクワークにおける身体負荷の軽減につながると考えられる。
