モラハラが原因?妻の不満が離婚決意につながるケースと対処法

7月21日(月) 曇り

仕事から帰ると、リビングの空気が重かった。またか、とうんざりする。 原因は分かっている。今朝、俺が言った一言だ。 「その洗濯物の干し方、非効率じゃないか?もっと風が通るように考えないと、生乾きの匂いの原因になるぞ」 妻のためを思って、合理的なアドバイスをしてやっただけだ。それなのに、妻は一日中、口を利かない。

夕食後、黙って皿を洗う妻の背中に、俺は追加で言ってやった。 「だいたい、俺が稼いできた金で買った洗濯機なんだ。もっと大切に、そして効率的に使うのが、お前の仕事だろう」

その瞬間、妻はぴたりと手を止め、ゆっくりと振り返った。 その目に光はなかった。 「……もう、限界です」 そう一言だけ呟くと、寝室に閉じこもってしまった。

限界?何がだ。俺は正しいことを言っている。間違っているのは、感謝もせず、成長もせず、ただふてくされているお前の方じゃないのか。 全く、理解に苦しむ。

7月24日(木) 雨

あの日から三日、妻との会話がない。 食事は、テーブルの上に無言で置かれている。俺が食卓についても、妻は席につかない。まるで俺が、そこに存在しないかのように振る舞う。

イライラが募る。専業主婦が、夫との対話を拒否するなんて、職務怠慢も甚だしい。 だが、奇妙なことに、怒りと同時に、静まり返った家の中で、今まで感じたことのない居心地の悪さを感じ始めていた。テレビの音だけが響くリビング。一人で食べる夕食。 これが「孤独」というやつか。馬鹿馬鹿しい。

苛立ち紛れに、スマホで「妻 無視 理由」と検索してみる。くだらない記事ばかりだ。

7月29日(火) 曇りのち晴れ

事態は変わらない。俺はしびれを切らし、寝室のドアを叩いた。 「おい、いつまでそうしてるんだ!話し合いをしないと何も解決しないだろ!」 ドアの向こうから、くぐもった声が聞こえた。 「あなたとの間に、話し合いなんて存在しません。あるのは、あなたの『指導』と、私の『服従』だけです」

一体、どういう意味だ。 俺は訳が分からず、再びネットの世界に逃げ込んだ。そこで、偶然「もしかして、それってモラハラ?夫の言動チェックリスト」という記事が目に飛び込んできた。

□ 妻のやることに、常にダメ出しや批判をする。 □『誰のおかげで生活できてるんだ』が口癖だ。 □ 妻の友人関係や行動を制限しようとする。 □ 自分は正しくて、妻が間違っていると信じ込んでいる。 □ 外面は良く、家庭内での態度と違う。

……なんだ、これは。 胸がざわついた。まさか。俺が?俺は妻を思って「教育」してやっているだけだ。 だが、リストの項目を読み進めるほどに、動悸が激しくなるのを止められなかった。

8月5日(火) 雷雨

「モラハラ」。 その四文字が、頭から離れない。 認めたくない。だが、あのチェックリストを見てから、過去の自分の言動が、まるで映画のように頭の中を駆け巡る。

妻が、友人とランチに行こうとした時、「俺の昼飯はどうするんだ。主婦が昼間から遊ぶな」と言ってやめさせた。 妻が、自分のために少し高いワンピースを買った時、「そんな無駄遣いする金があるなら、もっと有意義なことに使え」とネチネチと責めた。 妻が、子供の教育方針について意見した時、「女の浅知恵で口を出すな。俺の言う通りにすればいいんだ」と一蹴した。

あれは、本当に「指導」だったのか? それとも、妻の尊厳を奪い、自尊心を削り取り、俺のコントロール下に置くための、卑劣な「攻撃」だったのではないか。 だとしたら、俺は……。 外の雷鳴が、まるで俺自身への糾弾のように聞こえた。

8月12日(火) 晴れ

朝、テーブルの上に、一枚の紙が置かれていた。 離婚届、だった。

妻は、俺の向かいに静かに座り、言った。 「あなたの言葉は、毎日少しずつ、私という人間を削っていく、冷たいヤスリのようでした。最初は痛かった。でも、だんだん麻痺してきて、自分がどんな形をしていたのかさえ、分からなくなってしまった。このままでは、私が私でなくなってしまうんです」

ヤスリ……。 「もう限界」という、あの一言の裏に、これほどまでの絶望と苦しみが隠されていたのか。 ネットで見た、離婚を決意した女性の心理について書かれた記事の一文が、脳裏に焼き付いて離れない。彼女たちは、突然キレるのではない。我慢のコップから、最後の一滴が静かに溢れ落ちるだけなのだ、と。 俺は、そのコップに、毎日毎日、気づかぬうちに毒を注ぎ続けていたのだ。

反論も、言い訳も、何一つ出てこなかった。 ただ、自分がしてきたことの取り返しのつかない重さに、打ちのめされるだけだった。

8. 18.(月)晴れ

離婚届には、まだサインをしていない。 妻は「あなたが自分の問題と本気で向き合ってくれるなら、少しだけ時間をあげます」と言ってくれた。最後の、本当に最後のチャンスだ。

俺は、変わらなければならない。いや、変わりたい。 今日、俺がこれからやるべきことを、この日記に記す。これは、俺の再生への誓いだ。

【対処法①:専門家を頼る】 もう、一人では無理だ。自分の歪みは、自分では治せない。地域のカウンセリングセンターに、明日電話をする。モラハラの加害者向けのプログラムがあるかも調べる。恥を忍んで、助けを求める。

【対処法②:自分に絶対的なルールを課す】

  1. 妻の言葉、行動を、絶対に否定しない。
  2. 会話で「でも」「だって」「いや」を使わない。
  3. 一日一回、具体的な感謝の言葉を伝える。「いつもありがとう」じゃない。「熱いのに、揚げ物を作ってくれてありがとう」だ。

【対処法③:「聞く」に徹する】 準備ができたら、妻に頼むつもりだ。「もしよければ、君が今まで我慢してきたことを、時間をかけて聞かせてほしい。絶対に怒らない。言い訳もしないと約束する」と。 何日かかってもいい。彼女の心を削り続けたヤスリの正体を、俺は知らなければならない。

失った信頼を取り戻す道は、果てしなく遠く、険しいだろう。 妻の心が、二度と俺に戻らない可能性の方が高い。

それでも。 俺は今日、この日記のページをめくるところから、始めなければならない。 自分の人生と、そして、かつて愛したはずの妻の人生に、本当の意味で向き合うために。 今日が、その第一歩だ。